10/19 (木) ふたつの行い – Pastor RIE

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10/19 (木) Pastor RIEの朝のみことばパラダイス!

ふたつの行い
信仰による行いと律法の行い
ーーーーー

ヤコブ2:17-24
それと同じように、
信仰も、もし行いがなかったなら、
それだけでは、死んだものです。

さらに、こう言う人もあるでしょう。
「あなたは信仰を持っているが、
私は行いを持っています。
行いのないあなたの信仰を、
私に見せてください。
私は、行いによって、
私の信仰をあなたに見せてあげます。」

あなたは、神はおひとりだと信じています。
りっぱなことです。ですが、悪霊どももそう信じて、身震いしています。
ああ愚かな人よ。あなたは行いのない
信仰がむなしいことを
知りたいと思いますか。

私たちの父アブラハムは、
その子イサクを祭壇にささげたとき、
行いによって義と認められた
ではありませんか。
あなたの見ているとおり、
彼の信仰は彼の行いとともに
働いたのであり、
信仰は行いによって全うされ、

そして、「アブラハムは神を信じ、
その信仰が彼の義とみなされた」
という聖書のことばが実現し、
彼は神の友と呼ばれたのです。

人は行いによって義と認められるのであって、信仰だけによるのではないことが
わかるでしょう。

アブラハムは一人息子のイサクを捧げた
創世記22:1-13

これらの出来事の後、神はアブラハムを試練に会わせられた。神は彼に、「アブラハムよ」と呼びかけられると、
彼は、「はい。ここにおります」と答えた。
神は仰せられた。「あなたの子、あなたの愛しているひとり子イサクを連れて、
モリヤの地に行きなさい。そしてわたしがあなたに示す一つの山の上で、
全焼のいけにえとしてイサクを
わたしにささげなさい。」

翌朝早く、アブラハムはろばに鞍をつけ、
ふたりの若い者と息子イサクとをいっしょに連れて行った。彼は全焼のいけにえの
ためのたきぎを割った。
こうして彼は、神がお告げになった
場所へ出かけて行った。

三日目に、アブラハムが目を上げると、
その場所がはるかかなたに見えた。
それでアブラハムは若い者たちに、
「あなたがたは、ろばといっしょに、
ここに残っていなさい。
私と子どもとはあそこに行き、
礼拝をして、あなたがたのところに
戻って来る」と言った。
アブラハムは全焼のいけにえのための
たきぎを取り、それをその子イサクに負わせ、火と刀とを自分の手に取り、
ふたりはいっしょに進んで行った。
イサクは父アブラハムに話しかけて言った。「お父さん。」すると彼は、
「何だ。イサク」と答えた。
イサクは尋ねた。「火とたきぎはありますが、全焼のいけにえのための羊は、
どこにあるのですか。」
アブラハムは答えた。「イサク。神ご自身が全焼のいけにえの羊を備えてくださるのだ。」こうしてふたりはいっしょに
歩き続けた。

ふたりは神がアブラハムに告げられた場所に着き、アブラハムはその所に祭壇を築いた。そうしてたきぎを並べ、自分の子イサクを縛り、祭壇の上のたきぎの上に置いた。

アブラハムは手を伸ばし、
刀を取って自分の子をほふろうとした。

そのとき、主の使いが天から彼を呼び、
「アブラハム。アブラハム」と仰せられた。彼は答えた。「はい。ここにおります。」

御使いは仰せられた。
「あなたの手を、その子に下してはならない。その子に何もしてはならない。今、わたしは、あなたが神を恐れることがよくわかった。あなたは、自分の子、自分のひとり子さえ惜しまないでわたしにささげた。」

アブラハムが目を上げて見ると、
見よ、角をやぶにひっかけている
一頭の雄羊がいた。アブラハムは行って、
そのおひつじ雄羊を取り、それを自分の子の代わりに、全焼のいけにえとしてささげた。

ガラテヤ5:6
キリスト・イエスにあっては、割礼を受ける受けないは大事なことではなく、
愛によって働く信仰だけが大事なのです。

エペソ2:9
行いによるのではありません。だれも誇ることのないためです。

ガラテヤ2:21
私は神の恵みを無にはしません。もし義が律法によって得られるとしたら、
それこそキリストの死は無意味です。」

ヤコブ2:19
あなたは、神はおひとりだと信じています。
りっぱなことです。ですが、悪霊どももそう信じて、身震いしています。

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