12/11(月) ヨハネの黙示録10 – Pastor RIE

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12/11 (月)Pastor RIEの朝のみことばパラダイス!

ヨハネ黙示録10

ここでのテーマは「小さな巻き物」です。
前回は二つのわざわいについて
見ました。底知れぬ所から出てきたいなごの災いと、二億人の騎兵の災いです。

この二つのわざわいは、それぞれ、
第五の御使いが吹き鳴らしたラッパと、
第六の御使いが吹き鳴らしたラッパが
なったときの災いです

そして最後の、第七の御使いのラッパが
吹き鳴らされる前に、
他の御使いが10章では現われます。

10:1
 また私は、もうひとりの強い御使いが、雲に包まれて、天から降りて来るのを見た。その頭上には虹があって、その顔は太陽のようであり、その足は火の柱のようであった。

ここで強い御使いをイエス様だと
いう説もあるようですが 黙示録の中で

 

10:2-4
 その手には開かれた小さな巻き物を持ち、右足は海の上に、左足は地の上に置き、ししがほえるときのように大声で叫んだ
彼が叫んだとき、七つの雷がおのおの声を出した。
七つの雷が語ったとき、私は書き留めようとした。すると、天から声があって、「七つの雷が言ったことは封じて、書きしるすな。」と言うのを聞いた。

ヨハネがこれまでずっと、自分が見たこと、
聞いたことを書きしるしていました
黙示録の初めに イエスさまがいったから
「あなたの見た事、今ある事、
この後に起こることを書きしるせ。(黙示録1:19)」
だから

この七つの雷も書きしるそうとしました。
「封じて、書きしるすな」との命令を、
天からの声がします

その御使いは 第七のラッパを預言して
こういいました

「第七の御使いがラッパをふき
その音が鳴り響くとき旧約聖書の
預言者たちがいった主の日について
預言してきたことが成就するということです

10:5-6
 それから、私の見た海と地との上に
立つ御使いは、右手を天に上げて、
永遠に生き、天とその中にあるもの、
地とその中にあるもの、海とその中にある
ものを創造された方をさして、誓った。
もはや時が延ばされることはない。

@御使いが永遠に生きておられる
創造主に誓っています。

黙示録では神さまのことを
「永遠に生きている方」と書いてあります

4章で四つの生き物と二十四人の長老が礼拝をささげているとき、「永遠に生きている方に」と何度か出てきます。

そして 時が延ばされないと言っています
これまでは時が延ばされていた、
ということでしょう
もしかしたらイエス様が
戻ってこられるその時が延ばされている
のかもしれません

もちろん、父なる神は、その時と日をすでに定めておられると聖書に書かれていますが、と同時に、

2ペテロ3:9
「あなたがたに対して忍耐深くあられるのであって、ひとりでも滅びることを望まず、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられるのです。

主の忍耐深さのゆえに、私たちにとって主の来臨が遅いように感じられるときがあります。

この世はますます不安定になっています。
ますます、罪と不法がはびこっています。
愛は冷え、自分を愛する者がふえ
人々は自分の都合に合わせて、
好き勝手に教師たちを集めています
終わりの時に起こると言われている事柄を、
私たちは今、目にしています

主は時を遅らせておられるのではありません。

10:7第七の御使いが吹き鳴らそうとしているラッパの音が響くその日には、神の奥義は、神がご自身のしもべである預言者たちに告げられたとおりに成就する。

第7のラッパが吹きならされた後
その日には、「神の奥義」が成就する、と
あります。神の奥義とは何でしょうか?

これから明らかにされるものです

黙示録の意味は、「明らかにされる」という意味だからです

預言書の預言者たちはみな、神の国を預言しました。
これらがみな、実現するときがやって来ます。
今は、明らかにされていませんが、
後に明らかにされます。これが
「神の奥義」なのです。

 私たちにも、それぞれの生活で「神の奥義」があります。今は明らかにされていないけれども、神のみことばに約束されている事柄です。
後になって ああ、このことのために
あの出来事があったと
後からわかることが多くあります

神様の奥義をしるためには
神様の計画が遅く感じることもあるということです

 
10:8-11
 それから、前に私が天から聞いた声が、
また私に話しかけて言った。
さあ行って、海と地との上に立っている御使いの手にある、開かれた巻き物を受け取りなさい。
それで、私は御使いのところに行って、「その小さな巻き物を下さい。」と言った。すると、彼は言った。「それを取って食べなさい。」それはあなたの腹には苦いが、あなたの口には蜜のように甘い。

@この巻物の内容は神様の預言でした

みことばでもそうです
それを食べ そして噛み砕いて
自分の物にしたときに
生きることができます
ただ読むだけ 見るだけでは
自分のものになっていない

みことばを
噛み砕き 理解し自分のものになったとき
それは甘く 愛の言葉で優しいのです

でも甘いばかりではなく
苦いと書いてあります

神様の奥義を理解し
神様の伝えるものは
イエス様の福音を拒む人々に対して
きついことを言わないといけないことも
ある それが苦いということ

ヨハネの腹が苦くなったのは、もろもろの民族、国民、国語、王たちについて、
神のさばきの預言をしなければいけなかったからです。

 @@ヨハネの黙示録を理解しようと
むきあったとき 今までのぬるい信仰を
することができなくなります

私たちも、ある意味で、ヨハネのようです。神のみことばを語ることは、いつも甘いわけではありません。

良薬口に苦しではありませんが、
人の腹に苦くなることも語らなければいけません
人はキリストによって救われます
神様の のろいと怒りは激しいことを
伝えなければいけません。
甘いことばだけでなく、苦いことばも語ります。

さばきがくる前に
熱心にイエス様の愛を伝えていきましょう

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