みこパラ

10/20 (金) 実を見分ける方法 – Pastor RIE

10/20 (金) Pastor RIEの朝のみことばパラダイス!

「実を見分ける方法 – Pastor RIE」

悪魔の実か?神様の実か?
実を見分けて 悪魔の罠を見破りましょう

ローマ16:17-18
兄弟たち。私はあなたがたに願います。あなたがたの学んだ教えにそむいて、分裂とつまずきを引き起こす人たちを警戒してください。彼らから遠ざかりなさい。

そういう人たちは、私たちの主キリストに仕えないで、自分の欲に仕えているのです。彼らは、なめらかなことば、へつらいのことばをもって純朴な人たちの心をだましているのです。

1コリント11:19
というのは、あなたがたの中でほんとうの信者が明らかにされるためには、分派が起こるのもやむをえないからです。

1コリント3:3-7
あなたがたは、まだ肉に属しているからです。あなたがたの間にねたみや争いがあることからすれば、あなたがたは肉に属しているのではありませんか。そして、ただの人のように歩んでいるのではありませんか。

ある人が、「私はパウロにつく」と言えば、別の人は、「私はアポロに」と言う。そういうことでは、あなたがたは、ただの人たちではありませんか。

アポロとは何でしょう。パウロとは何でしょう。あなたがたが信仰に入るために用いられたしもべであって、主がおのおのに授けられたとおりのことをしたのです。

私が植えて、アポロが水を注ぎました。しかし、成長させたのは神です。

それで、たいせつなのは、植える者でも水を注ぐ者でもありません。成長させてくださる神なのです

ーーーーーーーー

ローマ5:5
この希望は失望に終わることがありません。なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです。

エペソ5:2
また、愛のうちに歩みなさい。キリストもあなたがたを愛して、私たちのために、ご自身を神へのささげ物、また供え物とし、香ばしいかおりをおささげになりました。

コロサイ3:14
そして、これらすべての上に、愛を着けなさい。愛は結びの帯として完全なものです。

2コリント6:10
悲しんでいるようでも、いつも喜んでおり、貧しいようでも、多くの人を富ませ、何も持たないようでも、すべてのものを持っています。

1ペテロ1:8
あなたがたはイエス・キリストを見たことはないけれども愛しており、いま見てはいないけれども信じており、ことばに尽くすことのできない、栄えに満ちた喜び

ローマ15:33
どうか、平和の神が、あなたがたすべてとともにいてくださいますように。アーメン。

ピリピ4:7
そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。

1テサロニケ5:23
平和の神ご自身が、あなたがたを全く聖なるものとしてくださいますように。主イエス・キリストの来臨のとき、責められるところのないように、あなたがたの霊、たましい、からだが完全に守られますように。

エペソ4:2
謙遜と柔和の限りを尽くし、寛容を示し、
愛をもって互いに忍び合い、

エペソ4:32
お互いに親切にし、心の優しい人となり、神がキリストにおいてあなたがたを赦してくださったように、互いに赦し合いなさい。

マタイ21:12-13
それから、イエスは宮に入って、宮の中で売り買いする者たちをみな追い出し、両替人の台や、鳩を売る者たちの腰掛けを倒された。

そして彼らに言われた。「『わたしの家は祈りの家と呼ばれる』と書いてある。それなのに、あなたがたはそれを強盗の巣にしている。」

マタイ23:23
わざわいだ。偽善の律法学者、パリサイ人。おまえたちは、はっか、いのんど、クミンなどの十分の一を納めているが、律法の中で
はるかに重要なもの、正義とあわれみと誠実を、おろそかにしているのです。これこそしなければならないことです。
ただし、十分の一もおろそかにしてはいけません。

マタイ11:29
わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。

1コリント7:9
しかし、もし自制することができなければ、結婚しなさい。情の燃えるよりは、結婚するほうがよいからです。

テトス1:8
かえって、旅人をよくもてなし、善を愛し、慎み深く、
正しく、敬虔で、自制心があり、

10/19 (木) ふたつの行い – Pastor RIE

10/19 (木) Pastor RIEの朝のみことばパラダイス!

ふたつの行い
信仰による行いと律法の行い
ーーーーー

ヤコブ2:17-24
それと同じように、
信仰も、もし行いがなかったなら、
それだけでは、死んだものです。

さらに、こう言う人もあるでしょう。
「あなたは信仰を持っているが、
私は行いを持っています。
行いのないあなたの信仰を、
私に見せてください。
私は、行いによって、
私の信仰をあなたに見せてあげます。」

あなたは、神はおひとりだと信じています。
りっぱなことです。ですが、悪霊どももそう信じて、身震いしています。
ああ愚かな人よ。あなたは行いのない
信仰がむなしいことを
知りたいと思いますか。

私たちの父アブラハムは、
その子イサクを祭壇にささげたとき、
行いによって義と認められた
ではありませんか。
あなたの見ているとおり、
彼の信仰は彼の行いとともに
働いたのであり、
信仰は行いによって全うされ、

そして、「アブラハムは神を信じ、
その信仰が彼の義とみなされた」
という聖書のことばが実現し、
彼は神の友と呼ばれたのです。

人は行いによって義と認められるのであって、信仰だけによるのではないことが
わかるでしょう。

アブラハムは一人息子のイサクを捧げた
創世記22:1-13

これらの出来事の後、神はアブラハムを試練に会わせられた。神は彼に、「アブラハムよ」と呼びかけられると、
彼は、「はい。ここにおります」と答えた。
神は仰せられた。「あなたの子、あなたの愛しているひとり子イサクを連れて、
モリヤの地に行きなさい。そしてわたしがあなたに示す一つの山の上で、
全焼のいけにえとしてイサクを
わたしにささげなさい。」

翌朝早く、アブラハムはろばに鞍をつけ、
ふたりの若い者と息子イサクとをいっしょに連れて行った。彼は全焼のいけにえの
ためのたきぎを割った。
こうして彼は、神がお告げになった
場所へ出かけて行った。

三日目に、アブラハムが目を上げると、
その場所がはるかかなたに見えた。
それでアブラハムは若い者たちに、
「あなたがたは、ろばといっしょに、
ここに残っていなさい。
私と子どもとはあそこに行き、
礼拝をして、あなたがたのところに
戻って来る」と言った。
アブラハムは全焼のいけにえのための
たきぎを取り、それをその子イサクに負わせ、火と刀とを自分の手に取り、
ふたりはいっしょに進んで行った。
イサクは父アブラハムに話しかけて言った。「お父さん。」すると彼は、
「何だ。イサク」と答えた。
イサクは尋ねた。「火とたきぎはありますが、全焼のいけにえのための羊は、
どこにあるのですか。」
アブラハムは答えた。「イサク。神ご自身が全焼のいけにえの羊を備えてくださるのだ。」こうしてふたりはいっしょに
歩き続けた。

ふたりは神がアブラハムに告げられた場所に着き、アブラハムはその所に祭壇を築いた。そうしてたきぎを並べ、自分の子イサクを縛り、祭壇の上のたきぎの上に置いた。

アブラハムは手を伸ばし、
刀を取って自分の子をほふろうとした。

そのとき、主の使いが天から彼を呼び、
「アブラハム。アブラハム」と仰せられた。彼は答えた。「はい。ここにおります。」

御使いは仰せられた。
「あなたの手を、その子に下してはならない。その子に何もしてはならない。今、わたしは、あなたが神を恐れることがよくわかった。あなたは、自分の子、自分のひとり子さえ惜しまないでわたしにささげた。」

アブラハムが目を上げて見ると、
見よ、角をやぶにひっかけている
一頭の雄羊がいた。アブラハムは行って、
そのおひつじ雄羊を取り、それを自分の子の代わりに、全焼のいけにえとしてささげた。

ガラテヤ5:6
キリスト・イエスにあっては、割礼を受ける受けないは大事なことではなく、
愛によって働く信仰だけが大事なのです。

エペソ2:9
行いによるのではありません。だれも誇ることのないためです。

ガラテヤ2:21
私は神の恵みを無にはしません。もし義が律法によって得られるとしたら、
それこそキリストの死は無意味です。」

ヤコブ2:19
あなたは、神はおひとりだと信じています。
りっぱなことです。ですが、悪霊どももそう信じて、身震いしています。

10/17 (火) 行い信仰は 呪い – Pastor RIE

10/17 (火)Pastor RIEの朝のみことばパラダイス!

「行い信仰は 呪い」

行いで 神様から愛されると
間違った思いや 間違った教えを
受け取っていないか?

できない
自分をせめる
窮屈になる
できない自分が嫌になる
神様に顔向けできない
こんな自分愛されるわけない

そう思ってる人によい知らせがあります
みことばをよくみてください

福音とはなんですか?
良い知らせです!
ゴスペルとはなんですか?
Good Newsです!!

神様からの良い知らせ Good Newsを
お伝えします

ガラテヤ3:10-13
というのは、律法の行いによる人々はすべて、のろいのもとにあるからです。こう書いてあります。「律法の書に書いてある、すべてのことを堅く守って実行しなければ、だれでもみな、のろわれる。」

ところが、律法によって神の前に義と認められる者が、だれもいないということは明らかです。「義人は信仰によって生きる」のだからです。
しかし律法は、「信仰による」のではありません。
「律法を行う者はこの律法によって生きる」のです。
キリストは、私たちのために
のろわれたものとなって、
私たちを律法ののろいから
贖い出してくださいました。
なぜなら、「木にかけられる者はすべてのろわれたものである」と書いてあるからです。

リビングバイブル

‭‭「律法の行いに頼って救われようとする者は、神にのろわれます。なぜなら、聖書には、「神の律法の書にあることばを一つでも破る者は、のろわれる」 ( 申命27・26 ) とはっきり書いてあるからです。 したがって、律法によってはだれ一人、神の恵みを受けることはできないわけです。神の前で正しい者と認められる道は信仰による以外にない、と神様は言っておられます。預言者ハバククが、「正しい人は信仰によって生きる」 ( ハバクク2・4 ) と語ったとおりです。 この信仰による道は、律法の行いによる道とはなんと違うことでしょう。律法による道は、律法を一つ残らず完全に守ることによって救われる、と教えているのですから。 しかし自分の悪い行いのために、私たちが受けなければならないはずののろいを、キリストはご自分の身に引き受け、私たちを律法ののろいから救い出してくださいました。聖書に、「木にかけられる者はだれでも、のろわれた者である」 ( 申命21・23 ) と書いてあるからです。」
‭‭ガラテヤ人への手紙‬ ‭3:10-13‬

10/16 (月) 何をしたら天国にいけるの?- Pastor RIE

10/16(月)Pastor RIEの朝のみことばパラダイス!

「何をしたら天国にいけるの?」

誰が天国に入れるの?
行い?
自分が正しいとおもうことをすること?
律法を守ること
それも 携挙されたいために?

そのことについてお話ししています

ガラテヤ3:1-7
ああ愚かなガラテヤ人。
十字架につけられたイエス・キリストが、
あなたがたの目の前に、
あんなにはっきり示されたのに、
だれがあなたがたを迷わせたのですか。
ただこれだけをあなたがたから
聞いておきたい。
あなたがたが御霊を受けたのは、
律法を行ったからですか。
それとも信仰をもって聞いたからですか。
あなたがたはどこまで道理が
わからないのですか。
御霊で始まったあなたがたが、
いま肉によって完成されるというのですか。
あなたがたがあれほどのことを経験したのは、むだだったのでしょうか。
万が一にもそんなことはないでしょうが。
とすれば、あなたがたに御霊を与え、
あなたがたの間で奇蹟を行われた方は、
あなたがたが律法を行ったから、
そうなさったのですか。
それともあなたがたが信仰を
もって聞いたからですか。
アブラハムは神を信じ、
それが彼の義とみなされました。
それと同じことです。
ですから、信仰による人々こそアブラハムの子孫だと知りなさい。

ガラテヤ3:1-7 現代語訳
「ああ、ガラテヤの皆さん。
なんと物わかりが悪いのでしょう。
いったいどんな魔術師にだまされて、
魔法にかけられたのですか。
私は、十字架上で死なれたキリストの姿を、絵のようにありありと目の前に示して、
その死の意味をはっきりと
教えたではありませんか。
一つだけ聞いておきます。

あなたがたは、なぜ聖霊をいただくことができたのですか。律法を守ろうと
努力したからですか。
キリストのことを聞き、
その救いを信じて初めて、
聖霊はあなたがたのところに
来てくださったのです。
とすると、信仰生活が聖霊によって
始まったのに、どうして、
律法を救いの条件とするのですか。

あれほどの経験をしたあなたがたが、
福音をあっさりと投げ捨ててしまうのですか。とても信じられないことです。

もう一度聞きます。なぜ神様は、
あなたがたに聖霊の力を与え、
奇跡を見せてくださったのですか。律法を守ろうと努力したからですか。
そうではないでしょう。
キリストを信じ、全くお任せしたからです。 アブラハムも同じ経験をしました。
彼は神の約束を信じたというだけで、
天国へ入る資格を与えられたのです。
このことから、心から神に信頼する人は
だれでも、アブラハムの真の子孫と
なることができるのです。」
‭‭

マタイ22:37-39
そこで、イエスは彼に言われた。
「『心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』
これがたいせつな第一の戒めです。
『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ』という第二の戒めも、それと同じようにたいせつです。

ローマ10:1-11
兄弟たち。私が心の望みとし、
また彼らのために神に願い求めているのは、彼らの救われることです。

私は、彼らが神に対して
熱心であることをあかしします。
しかし、その熱心は知識に
基づくものではありません。
というのは、彼らは神の義を知らず、
自分自身の義を立てようとして、
神の義に従わなかったからです。

キリストが律法を終わらせられたので、
信じる人はみな義と認められるのです。

モーセは、律法による義を行う人は、
その義によって生きる、と書いています。

しかし、信仰による義はこう言います。
「あなたは心の中で、だれが天に上るだろうか、と言ってはいけない。」
それはキリストを引き降ろすことです。
また、「だれが地の奥底に下るだろうか、
と言ってはいけない。」
それはキリストを死者の中から
引き上げることです。
では、どう言っていますか。
「みことばはあなたの近くにある。
あなたの口にあり、あなたの心にある。」
これは私たちの宣べ伝えている
信仰のことばのことです。

なぜなら、もしあなたの口で
イエスを主と告白し、あなたの心で
神はイエスを死者の中から
よみがえらせてくださったと信じるなら、
あなたは救われるからです。

人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。

聖書はこう言っています。
「彼に信頼する者は、
失望させられることがない。」

ガラテヤ5:4-5
律法によって義と認められようとしている
あなたがたは、キリストから離れ、
恵みから落ちてしまったのです。
私たちは、信仰により、御霊によって、
義をいただく望みを熱心に
抱いているのです。

‬‬ガラテヤ2:16-21
しかし、人は律法の行いによっては
義と認められず、ただキリスト・イエスを信じる信仰によって義と認められる、ということを知ったからこそ、私たちもキリスト・イエスを信じたのです。これは、律法の行いによってではなく、キリストを信じる信仰によって義と認められるためです。なぜなら、律法の行いによって義と認められる者は、ひとりもいないからです。
しかし、もし私たちが、キリストにあって義と認められることを求めながら、私たち自身も罪人であることがわかるのなら、キリストは罪の助成者なのでしょうか。そんなことは絶対にありえないことです。

けれども、もし私が前に打ちこわしたものをもう一度建てるなら、私は自分自身を違反者にしてしまうのです。

しかし私は、神に生きるために、律法によって律法に死にました。

私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が肉にあって生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです。

私は神の恵みを無にはしません。もし義が律法によって得られるとしたら、それこそキリストの死は無意味です。」

現代語訳

「しかし、私たちユダヤ人クリスチャンにしても、律法の行いを守ることによって神の前で正しい者と認められたのではありません。ただ、罪を取り除いてくださるキリスト・イエスを信じる信仰によって認められたのではありませんか。だからこそ、私たちもキリスト・イエスを信じたのです。それは律法によってではなく、信仰によって神に認められるためです。律法の行いを守って救われる人など、一人もいないのですから。」 しかしもし、キリストの救いを信じた私たちが、あとになって、それはまちがいだった、やはり割礼を受け、律法もみな守らなければ救われないとわかったとしたら、どういうことになるでしょうか。キリストを信じたために、さんざんな目に会ったことになるわけです。しかし、そんなことは絶対にありえません。 前に打ちこわした方法――律法を守ることで救われようとする方法――でもう一度建て直そうとするなら、それこそが罪なのです。 というのは、いくら律法に従おうと努力しても――それは失敗以外にないのです――神の恵みは決して受けられないことがわかったからです。キリストを信じて初めて、神に受け入れられることがはっきりわかったのです。」
「私はキリストと共に十字架につけられました。もはや、私自身が生きているのではありません。キリストが、私のうちに生きておられるのです。私のためにご自身をささげてくださった神の御子を信じた結果、今、私のうちにはほんとうのいのちが与えられています。 私は、キリストの死を無にはしません。もし私たちが、律法を守ることによって救われるなら、キリストが死ぬ必要などなかったはずですから。」
‭‭ガラテヤ人への手紙‬ ‭2:16-21‬ ‭JCB‬‬

1コリント15:1-2
 兄弟たち。私は今、
あなたがたに福音を知らせましょう。
これは、私があなたがたに宣べ伝えたもので、あなたがたが受け入れ、
また、それによって立っている福音です。
また、もしあなたがたがよく考えもしないで信じたのでないなら、
私の宣べ伝えたこの福音のことばをしっかりと保っていれば、
この福音によって救われるのです。

コロサイ1:23
ただし、あなたがたは、
しっかりとした土台の上に堅く立って、
すでに聞いた福音の望みからはずれることなく、信仰に踏みとどまらなければなりません。この福音は、天の下のすべての造られたものに宣べ伝えられているのであって、
このパウロはそれに仕える者となったのです。

10/13 (金) 祈りは神様との会話 – Pastor RIE

10/13 (金) Pastor RIEの朝のみことばパラダイス!

祈りは神様との会話

1歴代誌16:11
主とその御力を尋ね求めよ。
絶えず御顔を慕い求めよ。

イザヤ55:6
主を求めよ。お会いできる間に。
近くにおられるうちに、呼び求めよ。

ルカ11:5-13
また、イエスはこう言われた。
「あなたがたのうち、
だれかに友だちがいるとして、
真夜中にその人のところに行き
『君。パンを三つ貸してくれ。
友人が旅の途中、私のうちへ来たのだが、
出してやるものがないのだ』と
言ったとします。

すると、彼は家の中からこう答えます。
『めんどうをかけないでくれ。もう戸締まりもしてしまったし、子どもたちも私も寝ている。起きて、何かをやることはできない。』

あなたがたに言いますが、彼は友だちだからということで起きて何かを与えることはしないにしても、あくまで頼み続けるなら、そのためには起き上がって、必要な物を与えるでしょう。

わたしは、あなたがたに言います
求めなさい。そうすれば与えられます
捜しなさい。そうすれば見つかります
たたきなさい。そうすれば開かれます。

だれであっても、求める者は受け、捜す者は見つけ出し、たたく者には開かれます。

あなたがたの中で、子どもが魚を下さいと言うときに、魚の代わりに蛇を与えるような父親が、いったいいるでしょうか。

卵を下さいと言うのに、だれが、
さそりを与えるでしょう。

してみると、あなたがたも、悪い者ではあっても、自分の子どもには良い物を与えることを知っているのです。とすれば、なおのこと、天の父が、求める人たちに、どうして聖霊を下さらないことがありましょう。」

2コリント1:11-12
あなたがたも祈りによって、私たちを助けて協力してくださるでしょう。それは、多くの人々の祈りにより私たちに与えられた恵みについて、多くの人々が感謝をささげるようになるためです。
私たちがこの世の中で、特にあなたがたに対して、聖さと神から来る誠実さとをもって、人間的な知恵によらず、神の恵みによって行動していることは、私たちの良心のあかしするところであって、これこそ私たちの誇りです。

ピリピ1:19
というわけは、あなたがたの祈りとイエス・キリストの御霊の助けによって、このことが私の救いとなることを私は知っているからです。

10/12 (木) 新しく生まれるとは? – Pastor RIE

10/12(木) Pastor RIEの朝のみことばパラダイス

新しく生まれるとは?!

ローマ12:2
この世と調子を合わせてはいけません。
いや、むしろ、神のみこころは何か、
すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、
完全であるのかをわきまえ知るために、
心の一新によって自分を変えなさい。

ヨハネ3:6
肉によって生まれた者は肉です。
御霊によって生まれた者は霊です。

テトス3:5
神は、私たちが行った義のわざによってではなく、
ご自分のあわれみのゆえに、聖霊による、
新生と更新との洗いをもって
私たちを救ってくださいました。

2ペテロ1:4
その栄光と徳によって、尊い、
すばらしい約束が私たちに与えられました。
それは、あなたがたが、その約束のゆえに、
世にある欲のもたらす滅びを免れ、
神のご性質にあずかる者となるためです。

1ヨハネ5:11-12
そのあかしとは、神が私たちに
永遠のいのちを与えられたということ、
そしてこのいのちが御子のうちにあるということです。
御子を持つ者はいのちを持っており、
神の御子を持たない者はいのちを持っていません。

ヨハネ1:12-13
しかし、この方を受け入れた人々、
すなわち、その名を信じた人々には、
神の子どもとされる特権をお与えになった。
この人々は、血によってではなく、
肉の欲求や人の意欲によってでもなく、
ただ、神によって生まれたのである。

ガラテヤ3:26
あなたがたはみな、キリスト・イエスに対する
信仰によって、神の子どもです。

2コリント5:17
ですから、私たちは今後、人間的な標準で
人を知ろうとはしません。かつては人間的な
標準でキリストを知っていたとしても、
今はもうそのような知り方はしません

コロサイ3:9-10
互いに偽りを言ってはいけません。
あなたがたは、古い人をその行いと
いっしょに脱ぎ捨てて 新しい人を着たのです。
新しい人は、造り主のかたちに似せられて
ますます新しくされ、真の知識に至るのです。

エペソ4:24-25
真理に基づく義と聖をもって神に
かたどり造り出された、
新しい人を身に着るべきことでした。
ですから、あなたがたは偽りを捨て、
おのおの隣人に対して真実を語りなさい。
私たちはからだの一部分として
互いにそれぞれのものだからです。

マタイ3:2
「悔い改めなさい。
天の御国が近づいたから。」

1ペテロ4:1
このように、キリストは肉体において苦しみを受けられたのですから、あなたがたも同じ心構えで自分自身を武装しなさい。肉体において苦しみを受けた人は、罪とのかかわりを断ちました。

1ヨハネ3:6-11
だれでもキリストのうちにとどまる者は、
罪を犯しません。罪を犯す者はだれも、
キリストを見てもいないし、
知ってもいないのです。

子どもたちよ。だれにも惑わされてはいけません。
義を行う者は、キリストが正しくあられるのと
同じように正しいのです。

罪を犯している者は、悪魔から出た者です。
悪魔は初めから罪を犯しているからです。
神の子が現れたのは、
悪魔のしわざを打ちこわすためです。

だれでも神から生まれた者は、罪を犯しません。
なぜなら、神の種がその人のうちにとどまっているからです。その人は神から生まれたので、
罪を犯すことができないのです。

そのことによって、神の子どもと悪魔の子ども
との区別がはっきりします。義を行わない者はだれも、
神から出た者ではありません。
兄弟を愛さない者もそうです。
互いに愛し合うべきであるということは、
あなたがたが初めから聞いている教えです。

10/11 (水)聖書の著者と何が書かれているか?- Pastor RIE

10/11 (水) Pastor RIEの神様のみことばパラダイス!

聖書66巻

誰が書いて 何が書かれてあるか
知ってますか??

創世記
モーセ すべてのはじまり

出エジプト
モーセ 救いと贖い

レビ記
モーセ 聖さ

民数記
モーセ 荒野の放浪

申命記
モーセ 契約の更新

ヨシュア記
ヨシュア カナンの地の征服

士師記
不明 反抗と経済

ルツ記
不明 忠誠と贖いの愛

1サムエル記
不明 神様のもとで王政の成立

2サムエル
不明 ダビデの統治(とうじ)

1列王記 、2列王記
不明 イスラエルとユダの王たち

1歴代誌
エズラか? 神様の契約の民であるイスラエルの歴史

2歴代誌
エズラか?
本当の礼拝 リバイバル 改革

エズラ記
エズラ 再出発

ネヘミヤ記
エズラと ネヘミヤか?
エルサレムの城壁再建

エステル記
不明 神様の最高の配慮と王妃の
大胆な行動

ヨブ記
不明 なぜ正しい人が苦しむのか

詩篇
1-41ダビデ
42-72 ダビデと コラの子たち
73-89アサフ
90-106 不明
107-150 ダビデ と不明な詩あり

祈りと賛美

箴言
ソロモンなど
正しい生活をするための知恵

伝道者の書
ソロモン 神様と離れた人生は無意味である

雅歌
ソロモン 堅く結ばれた愛の賜物と美しさ

イザヤ書
イザヤ 裁きと救い

エレミヤ書
エレミヤ 罪を悔い改めないユダに
くだされる神も避けられないさばき

哀歌
エレミヤ 現在の悲しみと未来の希望

エゼキエル書
エゼキエル 神様の裁きと栄光

ダニエル書
ダニエル 歴史の中の神の主権

ホセア書
ホセア 不誠実 裁き 神の贖いの愛

ヨエル書
ヨエル 主の日の素晴らしさ

アモス書
アモス 公正と正義と罪に対する神の罰

オバデヤ書
オバデヤ エドムのさばき

ヨナ書
ヨナ 神の救いの恵みの偉大さ

ミカ書
ミカ 正義よさばき あわれみと 救い

ナホム書
ナホム ニネベに近づく滅亡

ハバクク書
ハバクク 信仰によっていきる/神のさばきを
信頼する

ゼパニヤ書
ゼパニヤ 主の日 滅亡と救い

ハガイ書
ハガイ 神殿の再建 神への服従が御霊の力を
もたらす

ゼカリヤ書
ゼカリヤ 神殿の完成と王の出現

マラキ書
マラキ エドムへのさばき

新約聖書

マタイの福音書
マタイ
イエスキリスト約束されていたメシヤ

マルコの福音書
マルコ
奇跡を起こす人 苦難のしもべ
神の子である主イエス

ルカの福音書
ルカ 神であり 人間である救い主イエス

ヨハネの福音書
ヨハネ 神の子 イエスキリスト 人々の救い

使徒の働き
ルカ 聖霊の力による福音の勝利と拡大

ローマ人じんへの手紙
パウロ キリストを通して
現され信仰によって受ける神の義の賜物

1コリント人への手紙
パウロ 教会の問題と解決策

2コリント
パウロ 苦しみを通しての栄光

ガラテヤ人への手紙
パウロ 恵みにより信仰によって
与えられる霊的救いと自由

エペソ人への手紙
パウロ キリストの弟子たちと教会に
対する神の目的

ピリピ人への手紙
パウロ キリストの為に生きる究極の喜び

コロサイ人への手紙
パウロ キリストは最高で十分なお方である

1テサロニケ人への手紙
パウロ 正しい生活とキリストの再臨

2テサロニケ
パウロ 迫害の中での忍耐とキリストの再臨への備え

1テモテへの手紙
パウロ
教会の指導者たち 健全な教え 信仰深い品性

2テモテ
パウロ 忠実さと忍耐

テトスへの手紙
パウロ 健全な教えと良いわざ

ピレモンへの手紙
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ヨハネ イエスキリストの最後の啓示と勝利
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10/10 (火) 断食について – Pastor RIE

10/10 (火)Pastor RIEの朝のみことばパラダイス!

断食について
断食には3つ種類がある

エステル4:16
「行って、シュシャンにいるユダヤ人をみな集め、私のために断食をしてください。三日三晩、食べたり飲んだりしないように。私も、私の侍女たちも、同じように断食をしましょう。たとい法令にそむいても私は王のところへまいります。私は、死ななければならないのでしたら、死にます。

使徒9:9
彼は三日の間、目が見えず、
また飲み食いもしなかった。

出エジプト34:28
モーセはそこに、
四十日四十夜、主とともにいた。
彼はパンも食べず、水も飲まなかった。
そして、彼は石の板に契約のことば、
十のことばを書きしるした。

申命記9:9
私が石の板、主があなたがたと
結ばれた契約の板を受けるために、
山に登ったとき、私は四十日四十夜、山にとどまり、
パンも食べず、水も飲まなかった。

1列王記19:8
そこで、彼は起きて、食べ、そして飲み、
この食べ物に力を得て、四十日四十夜、
歩いて神の山ホレブに着いた。

ダニエル10:3
満三週間、私は、ごちそうも食べず、肉もぶどう酒も口にせず、また身に油も塗らなかった。

断食を行う目的

1 神様をあがめるため

ゼカリヤ7:5
「この国のすべての民と祭司たちに向かってこう言え。この七十年の間、あなたがたが、第五の月と第七の月に断食して嘆いたとき、このわたしのために断食したのか。

ルカ2:37
その後やもめになり、八十四歳になっていた。そして宮を離れず、夜も昼も、断食と祈りをもって神に仕えていた。

使徒13:2
彼らが主を礼拝し、断食をしていると、聖霊が、「バルナバとサウロをわたしのために聖別して、わたしが召した任務につかせなさい」と言われた。

2: へりくだって自分の欲望より霊的なことを
優先させるため

エズラ8:21
そこで、私はその所、アハワ川のほとりで断食を布告した。それは、私たちの神の前でへりくだり、私たちのために、私たちの子どもたちと、私たちのすべての持ち物のために、道中の無事を神に願い求めるためであった。

詩篇69:10
私が、断食して、わが身を泣き悲しむと、
それが私へのそしりとなりました。

3 自分の失敗と悔い改めのため

1サムエル7:6
彼らはミツパに集まり、水を汲んで主の前に注ぎ、その日は断食した。そうして、その所で言った。「私たちは主に対して罪を犯しました。」こうしてサムエルはミツパでイスラエル人をさばいた。

ネヘミヤ9:1-2
その月の二十四日に、イスラエル人は断食をし、荒布を着け、土をかぶって集まった。
そして、すべての外国人との縁を絶ったイスラエルの子孫は立ち上がって、自分たちの罪と、先祖の咎を告白した

4 神様との関係を新しくするため

ヨエル2:12
しかし、今、――主の御告げ――
 心を尽くし、断食と、涙と、嘆きとをもって、わたしに立ち返れ。」

エレミヤ29:12-14
あなたがたがわたしを呼び求めて歩き、わたしに祈るなら、わたしはあなたがたに聞こう
もし、あなたがたが心を尽くしてわたしを捜し求めるなら、わたしを見つけるだろう。
わたしはあなたがたに見つけられる。
――主の御告げ――わたしは、あなたがたの繁栄を元どおりにし、わたしがあなたがたを追い散らした先のすべての国々と、すべての場所から、あなたがたを集める。
――主の御告げ――わたしはあなたがたを引いて行った先から、あなたがたをもとの所へ帰らせる。」

5 自分勝手な生き方から悔い改める

2サムエル12:16
ダビデはその子のために神に願い求め、断食をして、引きこもり、一晩中、地に伏していた。

ヨナ3:5
そこで、ニネベの人々は神を信じ、断食を呼びかけ、身分の高い者から低い者まで荒布を着た。

6 人々を悪の奴隷から救うため

イザヤ58:6
わたしの好む断食は、これではないか。
悪のきずなを解き、くびきのなわめをほどき、しいたげられた者たちを自由の身とし、
すべてのくびきを砕くことではないか。

ルカ4:18-19
「わたしの上に主の御霊がおられる。
 主が、貧しい人々に福音を伝えるようにと、わたしに油をそそがれたのだから。
主はわたしを遣わされた。
捕らわれ人には赦免を、
盲人には目の開かれることを告げるために。しいたげられている人々を自由にし、
主の恵みの年を告げ知らせるために。」

7 神様の御心をしるため
神様の知恵をいただくため

ダニエル9:3
そこで私は、顔を神である主に向けて祈り、断食をし、荒布を着、灰をかぶって、願い求めた。

マタイ6:16
断食するときには、偽善者たちのようにやつれた顔つきをしてはいけません。彼らは、断食していることが人に見えるようにと、
その顔をやつすのです。まことに、あなたがたに告げます。彼らはすでに自分の報いを受け取っているのです。

マタイ6:17-18
しかし、あなたが断食するときには、
自分の頭に油を塗り、顔を洗いなさい。
それは、断食していることが、人には見られないで、
隠れた所におられるあなたの父に見られるためです。
そうすれば、
隠れた所で見ておられるあなたの父が
報いてくださいます。

10/6 (金) 神様の道をしる方法- Pastor RIE

10/6(金) Pastor RIEの朝のみことばパラダイス!

神様の道をしる

詩篇25:4-5

主よ。あなたの道を私に知らせ、
あなたの小道を私に教えてください。
あなたの真理のうちに私を導き、
私を教えてください。
あなたこそ、私の救いの神、
私は、あなたを一日中待ち望んでいるのです。

出エジプト33:13
今、もしも、私があなたのお心に
かなっているのでしたら、
どうか、あなたの道を教えてください。
そうすれば、
私はあなたを知ることができ、
あなたのお心にかなうようになれるでしょう。
この国民があなたの民であることを
お心に留めてください。」

詩篇25:5
あなたの真理のうちに私を導き、
私を教えてください。
あなたこそ、私の救いの神、
私は、あなたを一日中待ち望んでいるのです。

詩篇25:9
主は貧しい者を公義に導き、
貧しい者にご自身の道を教えられる。

詩篇25:12-14
主を恐れる人は、だれか。
主はその人に選ぶべき道を教えられる。
その人のたましいは、しあわせの中に住み、
その子孫は地を受け継ごう。
主はご自身を恐れる者と親しくされ、
ご自身の契約を彼らにお知らせになる。

詩篇34:19
正しい者の悩みは多い。
しかし、主はそのすべてから
彼を救い出される

使徒2:17
『神は言われる。
終わりの日に、
わたしの霊をすべての人に注ぐ。
すると、あなたがたの息子や娘は預言し、
青年は幻を見、老人は夢を見る。

使徒9:12
彼は、アナニヤという者が入って来て、
自分の上に手を置くと、
目が再び見えるようになるのを、
幻で見たのです。」

使徒13:2
彼らが主を礼拝し、断食をしていると、
聖霊が、
「バルナバとサウロをわたしのために
聖別して、わたしが召した任務につかせなさい」と言われた。

2テモテ3:16-17
聖書はすべて、神の霊感によるもので、
教えと戒めと矯正と義の訓練とのために
有益です。
それは、神の人が、
すべての良い働きのためにふさわしい
十分に整えられた者となるためです。

使徒10:19
ペテロが幻について思い巡らしているとき、
御霊が彼にこう言われた。
「見なさい。三人の人があなたをたずねて来ています。

ローマ8:11-14
もしイエスを死者の中から
よみがえらせた方の御霊が、
あなたがたのうちに住んでおられるなら、
キリスト・イエスを死者の中から
よみがえらせた方は、
あなたがたのうちに住んで
おられる御霊によって、
あなたがたの死ぬべきからだをも
生かしてくださるのです。

ですから、兄弟たち。私たちは、
肉に従って歩む責任を、
肉に対して負ってはいません。
もし肉に従って生きるなら、
あなたがたは死ぬのです。
しかし、もし御霊によって、
からだの行いを殺すなら、
あなたがたは生きるのです。

神の御霊に導かれる人は、
だれでも神の子どもです。